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C11265 JR武豊線・半田駅



 
 
   半田は中部国際空港ができて、知多自動車道への通過点としてく車の往来がにぎやかになったと思う。ただし、通過点としてなので、町がその恩恵をどれだけ受けているかは不明。そのJR半田駅のひとつ名古屋よりの乙川駅にC11256は保存されている。ここには元体育館があり、その敷地の鉄道寄りに保存されていたというのだが、今は体育館は他の場所に移設され、訪れたときはだだっ広い空き地になっていた。おかげで道路から見通しがよく、車で訪れた私にはすぐ発見できた。
 しかし、実は最初体育館が別の場所に移転するというので、機関車も移設、その場所は半田駅近くと何かで読んだことがあり、迷わされた。駅に行ってもそれらしいものがない。それで駅員に聞いてみると、解体になっていなければ、元の位置にあるはず。その場所へゆくには、駅正面の道を進み、橋を渡って郵便局のところで北に折れ、ずっと進むと正面に武豊線が見えてくる。その手前の信号を右折、東進するとショッピングセンターの「ユニー」が見えてくる、それを左手に見ながら進むと、左手にセメント工場がある、その向こう側に有る、そのセメント工場の向こうは車も入って行ける、という。
 その説明どおりに確かにあった。そのユニの面する道路は、知多自動車道の半田中央インタを降りて半田市外方面に向かう道、つまり自動車道から来る場合は自動車道を降りてそのまま東進したら、最初名鉄踏み切り、次にJRの踏み切りを渡るとユニーが目に入るのですぐわかる。
 で、セメント工場の東の広っぱは、入り口らしきところには駅にある形のその駅名と前後の駅名を書いた白い看板が立ててある。だが、本来入れるように切れているフェンスの間は、縄で入れないようにしてある。縄がかけてあるだけなので、勝手にはずして入れば入れなくはないが、ちょっとずうずうしい。それでその向こうから武豊線のほうにまわりこんでみたが、こちらからも溝とフェンスと草が拒否している。もう一度戻って、道路横に空き地っぽいところがあるので、そこに止めて広っぱを横断した。もちろん、通せんぼしている縄をまたいで入った。一応JRの駅員の説明どおりというのが 咎められた時の言い分{敷地はJRのものではないだろうから、屁理屈}。
 こうして入ったのだが、うらやましいのは腕木式信号機がそびえていたこと。しかも、操作用ワイヤーの方向を変える静滑車もついている。実にうらやましい。半田のこの機関車にはれっきとした保存会が有り、一時会長さんは元機関士でもあり、市長さんにもなられた方と春日井のつばめさん。それほど強靭な保存会だが、このように中途半端な状態に置かれると保存活動も十分ではなくなるのか、塗料が禿げはじめている。惜しい。せっかくなのだから、もっと市民の目に付くところに置いてもらいたいと思う。
 近くに保存会のためのものだろうか、倉庫らしい小屋がある。その正面には駅を示すボードに見学可能な曜日と。時間が書いてある。今はそれは役に立たない。
 話は変わるが、この半田市、町中に結構見ごたえのあるものがある。時間が許せば、見学すると良さそう。また、隣の常滑は常滑焼きで知られるが、焼き物の町としてやはり見応えのあるものが多い。INAXの見学施設も、十分見応えがある。
 
 


 その後、2007年8月はじめ、えすえる工房のNさんから、この機関車はやはり半田駅前に移設されるとの情報をいただいた。看板にもあるように、蒸気機関車は武豊線で100年にわたって知多半島の発展の底力だったわけで、市民は蒸気機関車が武豊線を走る姿を知らない世代になっても、その恩を忘れることはない。そういう市民の目に一層身近で触れることになり、本当に良かったですね。 。


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